企業経営に求められる人権リスク管理の必要性

人権デュー・ディリジェンスとは
デュー・ディリジェンスの本来の意味は、「(負の影響を回避・軽減するために)その立場に相当な注意を払う行為又は努力」といった意味である。
すなわち、企業が事業活動に伴う人権侵害のリスクを把握し、その予防や軽減のために対処することです。
サプライチェーン(供給網)上での強制労働や児童労働の排除も含まれます。2000年代以降、アフリカの鉱山や東南アジアのパーム農園などでの違法な労働実態が広く知られるようになり、国際人権団体などが企業に「責任ある調達」を求めてきました。
背景
【国連「ビジネスと人権に関する指導原則」】の策定
2011年6月の国連人権理事会において、全会一致で支持された原則です。企業活動における人権尊重・保護・促進の指針。ビジネスと人権の関係を、
1.人権を保護する国家の義務
2.人権を尊重する企業の責任
3.救済へのアクセス
の三つの柱に分類し、国家が人権を保護する義務の再確認と、企業のその企業活動及びバリューチェーンにおける人権尊重の責任について明記しました。
具体的方法として「人権デュー・ディリジェンス」の実施も規定されました。
日本国政府も対応。国別行動計画(NAP)を策定
2020年日本政府も、企業活動における人権尊重の促進を図るため、「ビジネスと人権」に関する行動計画(NAP)を策定し、周知啓蒙をしているところです。
「ビジネスと人権に関する指導原則」の国際的なスタンダードを踏まえ、人権デュー・ディリジェンスの導入、サプライチェーン上を含むステークホルダーとの対話、効果的な苦情処理の仕組みによる問題解決への期待を表明しています(法制化までは踏み込んでいません)。2021年6月には東京証券取引所がコーポレートガバナンス・コードを改訂し、人権尊重を明記しました。
しかし、わが国は、米国の人身取引被害者保護法第104条に基づく報告書2021年版において、昨年に続き「政府の対策が最低基準を満たしていない」(Tier2ランク)とされた。海外でのリスクだけでなく、日本国内においても人権が問題視されていることに留意すべきです。
2021年10月 G7で一致したこと
2021年10月、日米欧の主要7ヵ国(G7)は貿易担当相会合において強制労働をサプライチェーンから排除する国際的な仕組み作りを目指すことで一致し、多国籍企業は自社のサプライチェーンの中において人権侵害に関するチェックを強化しているところです。
このことは多国籍企業だけではなく、国内企業(中小企業)にも求められており、取引先も含む人権尊重の状況についてリスクを特定し、適切な対策を講じる必要があるということです。
国内企業の対応状況
主な国内企業の対応 | |
ファーストリテイリング | 中国600以上の取引先縫製工場で労働環境を監査。低評価企業は取引の縮小・停止も |
花王 | 油脂製品製造・販売会社。プランテーション会社と協働してインドネシアの約5,000のパーム園を対象に、技術支援を実施。生産者の生活改善や向上を目指す。 |
大和ハウス | 原産国の先住民や労働者の権利・安全に配慮した木材を調達するため、サプライヤーに2030年までに労働や人材に関する方針策定を要請。 |
三菱地所 | 建設工事で使う型枠合板を全て国際的な人権基準を満たすものに切り替え |
キリン | ミヤンマーで発生した国軍によるクーデターを受け、現地で展開するビール事業について、国軍系企業との合併を解消する方針を、2021年2月に発表した。 |
海外では、企業の人権尊重義務を定める法整備が加速している
人権デュー・ディリジェンス法制化の動き | |
イギリス | 自国内企業にサプライチェーン上の強制労働リスクについて調査・報告を求める |
フランス | 人権調査や改善計画の公表を義務付け。損害賠償責任も規定 |
オーストラリア | 強制労働について調査・報告を義務付け |
オランダ | 児童労働についての調査を義務付ける法律制定。違反時の刑事罰も |
ドイツ | 2023年に企業に人件調査を義務付ける法律を施行 |
企業が尊重すべき人権の主体
企業は、雇用形態にかかわらず自社事業に関わる全ての従業員(正社員のほか、契約社員、派遣社員、アルバイト・パート社員等を含む。)の人権を考慮すべきなのはもちろんのこと、取引先従業員、更には、顧客・消費者や事業活動が行われる地域住民など、当該事業活動に関わる全ての人の人権を尊重しなければなりません。社外の人権課題を把握することは、必ずしも容易なことではありませんが、例えば従業員が顧客・消費者や取引先従業員に対して差別的な対応を行ったり、工場建設のために住民に立ち退きを強いたりする等、深刻な人権課題が発生する可能性があるため、十分な検討と対策が必要です。
企業が尊重すべき人権の分野
1.賃金の不足・未払 | 賃金の不足・未払、生活賃金 | 14.テクノロジー・AI | テクノロジー・AIに関する人権問題 |
2.労働時間 | 過剰・不当な労働時間 | 15.プライバシーの権利 | プライバシーの権利 |
3.労働安全 | 労働安全衛生 | 16.消費者の安全と知る権利 | 消費者の安全と知る権利 |
4.社会保障 | 社会保障を受ける権利 | 17.差別的対応・表現 | 差別的対応・表現 |
5.パワハラ | パワーハラスメント | 18.ジェンダー | ジェンダー(性的マイノリティを含む)に関する人権問題 |
6.セクハラ | セクシュアルハラスメント | 19.表現の自由 | 表現の自由 |
7.マタハラ パタハラ |
マタニティハラスメント/ パタニティハラスメント |
20.先住民族・地域住民の権利 | 先住民族・地域住民の権利 |
8.ケアハラ | 介護ハラスメント (ケアハラスメント) |
21.環境・気候変動 | 環境・気候変動に関する人権問題 |
9.強制的な労働 | 強制的な労働 | 22.知的財産権 | 知的財産権 |
10.居住移転の自由 | 居住移転の自由 | 23.賄賂・腐敗 | 賄賂・腐敗 |
11.結社の自由 | 結社の自由 | 24.サプライチェーン管理の不徹底 | サプライチェーン上の人権問題 |
12.外国人労働者 | 外国人労働者の権利 | 25.救済へのアクセス | 救済へアクセスする権利 |
13.児童労働 | 児童労働 |
注目すべきなのは、企業のビジネス活動に関係するサプライチェーンにおいて人権侵害が発生した場合、それが直接の取引先でなくとも、企業の責任が問われるようになってきているという点です。指導原則に従うと、例えば取引先で起きた人権侵害を看過し、その取引先との関係を継続することは、「人権侵害を助長した」とみなされる可能性があります。今後は、自社内における人権侵害に限らず、調達から商品の販売・サービスの提供、そして廃棄・再利用まで、サプライチェーン全体における人権に関するリスクの管理と適切な対応が求められます。このように、人権に関するリスクは非常に多岐にわたりますが、一部の人権に関するリスクへの対応にとどまっている、あるいは人権に関するリスクがあることをほとんど把握できていない企業も多いのが実状です。今後は人権に関するリスクの全体像を国際人権基準に従って捉え、適切にリスクを把握・特定し、予防・軽減し、実際に人権侵害が起きてしまった際には是正・救済するために包括的な対応を行うことが必要となります。
上記25項目ですが、ここでは詳細な記述はしませんが、例えば、1の賃金の不足・未払については下記内容のリスクがあります。
・事業を行う営業地域の最低賃金を確認せず、基準に満たない賃金を支払う
・管理者が、まだ残業中の労働者のタイムカードを終業時刻に合わせて打刻し残業代を支払わない
・深夜残業したにもかかわらず、割増賃金が一部しか支払われない
・退職者が賃金の支払を請求したにもかかわらず、規定の給料日までに支払わない
⇒使用者は請求から7日以内に賃金を支払う義務が課されいる
(労働基準法第23条)
・労働者とその家族が生活する地域の物価を勘案せず、またその家族の平均生活費を考慮せず賃金を決定する。
人権尊重義務は罰則はありませんが、人権侵害に関連する不祥事が発生した場合、その企業との取引の継続はリスクになるとして、取引先を変更する企業は多く存在します。また、近年は大手企業が環境や人権に配慮した調達基準を設定するケースが増加しており、その基準を満たしていない下請企業との取引を徐々に停止することがあります。 政府や地方公共団体も、重大な労働者の権利侵害や事故が発生した企業に対して、公共事業や物品調達の競争入札の参加資格を一定期間停止する場合がありますので、今後は企業活動に重大な影響を与えるものとして、労務管理等は従来以上に管理を徹底することがよいかと思います。
企業が取り組むべきこと
指導原則では、企業の責任として「人権を尊重する」ことが求められており、具体的には、人権への負の影響を防止・軽減し、救済するための具体的な措置として、大きく(a)方針によるコミットメント、(b)人権デュー・ディリジェンスの実施、(c)救済措置、の3つの行動が挙げられています。つまり、人権に関する対応方針を策定し企業としてのコミットメントを表明すること、社内外で調査を実施して人権への影響を把握・特定すること、そして特定した人権に関するリスクに対して予防策・対応策を実施し、適切な救済を提供することが求められています。
●企業による人権への取組の全体像
まとめ
人権に関する取組を積極的に行うと下記事項がポジティブな影響として考えられますので、先進的な取り組みをすることをお勧めします。
(1)新規顧客の開拓・既存顧客との関係強化
(2)採用力・人材定着率の向上(≒採用コストの減少)
(3)生産性の向上
(4)ブランド価値の向上