人的資本経営加速 ~男女賃金格差の義務化~
人的資本経営とは
人的資本とは「モノ・カネ」のように、「ヒト」の持つ能力を資本としてとらえた経済学の用語で、人の持つスキルや能力などを資本と見なして、投資の対象とする考え方です。具体的には、個人が身につけている技能・資格・能力などのことを指し、人的資本への投資は、生産力や経済活動への貢献につながると定義されています。また、人的資本への投資は、健康状態の改善、個人の幸福感の向上、社会的結束の強化など、多くの非経済的利益をもたらす重要なものです。最終的には経済的利益につながる、と広く定義されることもあります。
なぜ今人的資本が注目されているのか
理由は3つあります。
理由1: 製造主体の経済から知識労働主体へのシフト
製造中心の経済では、原材料の価格や設備投資が企業の業績を左右していましたが、知識労働主体の経済に変化するとともに、経済活動の内容が大きく変化しました。知識労働主体の経済では、従業員が保有するスキルや知識、あるいは企業が持つ独自のノウハウや企業風土など、人的資本が業績や成⾧性に大きな影響を与えるようになってきたのです。
理由2: グローバル化とダイバーシティ
グローバル化によって、人々の働き方や価値観は多様性を増し、人材の流動性も高まり、さまざまな考え方や背景を持つ人材が同じ職場で働くようになっています。国内では、従来の年功序列や終身雇用といった働き方が当たり前のことではなくなり、ジョブ型雇用を導入する企業も増えています。
同質性から多様性に軸足が移る中で、人材戦略をどう策定し運用するかが、企業の経済活動にとってより重要になってきているのです。
理由3: 少子高齢化や人生100年時代の到来
2021年4月1日から、改正された「高年齢者等の雇用の安定等に関する法律」が施行され、会社側に従業員が70歳になるまで就業機会を確保することを、企業に努力義務として求めています。
従業員がより⾧く働く時代になることで、新しい知識を身に付ける「リスキル」や「学び直し」が重要となってきます。企業は既存人材の生産性を維持、向上させるための仕組み作りを行う必要に迫られています。
人的資本開示の義務化の流れ
2020年8月に米国証券取引委員会(SEC)が米国の上場企業に対して人的資本を定性的だけでなく、定量的に開示することを義務化しました。
人的資本を開示することで、それまでの財務指標だけでは見えてこなかった企業の人材投資の状況や人材の流動性、ハラスメントリスクなども可視化されやすくなります。
また、ISO30414は、人的資本の開示に関する国際的なガイドラインとして注目され。ISOの国際標準化機構の国際規格で、人的資本報告に必要な11領域49項目をまとめられています。これまでの人的資本の研究から、教育訓練が人的資本を強化し、企業の生産性を高めることは数多く論じられてきましたが、実際に人的資本を可視化するための標準的かつ国際的な指標は定まっていませんでした。
ISO30414によって、人的資本開示の標準化が進むことになります。
可視化するのに役立ちます。例えば「賃金」や「離職率」のほか、「ワークエンゲージメント」「従業員満足度」「人材育成に関するコスト」「従業員一人当たりの研修時間」などです。さらに「従業員一人当たりの利益」などを定点観測することで、人的資本の蓄積や投資対効果を算出しやすくなります。企業経営では従業員一人当たりの売上高である「パーヘッド」を重視して、効率よく売り上げを積み上げられているか、人的資本に投資した結果、利益率は向上しているかなど、企業経営の面からも推移を見ていくことが重要になります。
ISO 30414:国際規格(労働市場のKPI:重要業績評価指標)
領域 | 指標 |
労働可用性 | 従業員数など |
ダイバーシティ | 年齢、性別、障がい者、従業員とリーダーシップチームの 多様性 |
リーダーシップ | リーダーシップに対する信頼性、部下数/管理者など |
後継者計画 | 後継者の準備率など |
コスト | 人件費、採用や異動コストなど |
生産性 | 一人当たりのEBIT/売上高/利益、人的資本ROIなど |
採用、異動、離職 | ジョブ型雇用を前提とした種々の指標 |
スキルと能力 | 人財開発・育成の費用、一人当たりの研修時間など |
組織文化 | エンゲージメントなど |
健康経営 | 業務上のアクシデントや疾病発生率など |
コンプライアンスと倫理 | 苦情や訴訟の数、コンプライアンス研修の徹底度 |
日本の現状
金融庁は2021年6月、コーポレートガバナンス・コードの改訂を予定しており、上場企業に対し、「女性・外国人・中途採用者の管理職への登用等、中核人材の登用等の多様性の確保についての考え方と、測定可能な目標を示すとともに、その状況の公表を求める」こととしています。この中で、ダイバーシティについての人的資本の開示についても言及されています。
厚生労働省では、2021年4月より、常時雇用する労働者が301人以上の企業は、求職者が容易に閲覧できるかたちで「直近の3事業年度2の各年度について、採用した正規雇用労働者の中途採用率」を公表することを義務化しています。
客観的なデータでの人的資本、人材管理についての公表が求められる流れは、今後も加速するものと考えられます。
「男女の賃金の差異」公表義務化
上記で記載したとおり、人的資本、人的管理についての公表の流れの中で、厚生労働省は2022年7月8日、女性活躍推進法の省令及び告知を改正し、「男女の賃金の差異」の情報公表を大企業に義務づけました。
義務化の対象企業
公表が義務化されるのは労働者数301人以上の企業で、あわせて女性活躍推進法のスキームに基づく状況把握も求められることとなりました。
101人以上300人以下の企業は情報公表の選択項目の1つとして「男女の賃金差異」が追加され、100人以下の企業は努力義務となりました。
対象企業
企業規模 | 女性活躍推進法上の情報公表項目 |
301人以上 | ①男女の賃金の差異(必須項目) ②職業生活に関する機会の提供(8項目)に関する実績から1項目以上 ③職業生活と家庭生活との両立(7項目)に関する実績から1項目以上 |
101人以上300人以下 | ①~③の計16項目から任意の1項目以上 (男女の賃金の差異は選択項目の1つ) |
100以下 | 努力義務 |
女性活躍推進法上の情報公表項目の詳細については下記リンクを参照して下さい。
女性の平均年間賃金÷男性の平均年間賃金を公表
「男女の賃金差異」として公表が求められているのは、実際の賃金差異ではなく、男性の平均年間賃金に対する女性の平均年間賃金の割合です。少数点第1位(小数点第2位を四捨五入)までパーセントで表示する。雇用管理区分による賃金差異が読み取れるよう、公表する割合は①全労働者のほか、②正規雇用労働者(正社員)、③非正規雇用労働者(パート・有期社員)、の3区分に分けて算出することが必須となりました。
雇用管理区分 | 公表する男女の賃金の差の計算方法 |
全労働者 | 女性の全労働者の平均年間賃金÷男性の全労働者の平均年間賃金 |
正規雇用(正社員) | 女性の正社員の平均年間賃金÷男性の正社員の平均年間賃金 |
非正規雇用(パート・有期社員) | 女性の非正規社員の平均年間賃金÷男性の非正規社員の平均年間賃金 |
【各雇用管理区分の定義】 ①全労働者:正規雇用と非正規雇用の社員の合計 ②正規社員:期間の定めなくフルタイム勤務する労働者 (ただし、短時間正社員がいる場合はこの区分に含む) ③非正規雇用:パートタイム労働者と有期雇用労働者の合計 |
男女の平均年間賃金の計算方法
平均年間賃金は、男女別の雇用管理区分ごとの1事業年度の賃金総額を、同年度の労働者数(人員数)によって算出します。なお、人員数の数え方は、たとえば月の特定の日(月の末日、給与支払日など)の労働者数の年平均を用いるなど、企業ごとに決めることになるが、以下のことに留意する必要があります。
・男女で異なる数え方をしないこと。
・初回の公表以降、将来に向かって繰り返し行う公表を通じて一貫性のある方法を採用すること。
・人員数の数え方を変更する必要が生じた場合は、変更した旨及び変更した理由を明らかにすること。
求職者等が他の企業と比較できる情報公表
「男女の賃金差異」の計算方法及び雇用管理区分の定義は共通なものとされています。あわせて、数値を算出した対象期間(事業年度)も付記事項として公表しなければならないとされています。
また、数値の元になる賃金の中身や、企業の各雇用区分に属する呼称なども公表が望ましいとされています。
特に賃金については、名称を問わず労働の対償として使用者が労働者に支払うすべてのものを指しますが、経費の実費弁償的な性格を有する通勤手当などや、年度を超えた労務の対価である退職手当などは、個々の企業の判断で対象から除外することもできます。
ただ、除外した賃金はその旨を明示することが望ましいとされています。
情報公表のイメージ
区分 | 男女の賃金の差異 |
全労働者 | 〇〇.〇% |
正社員 | △△.△% |
パート・有期社員 | ◇◇.◇% |
【付記事項のイメージ】 対象期間(必須):令和4年事業年度(令和4年4月1日~令和5年3月31日) 賃金:基本給、超過労働に対する報酬、賞与等を含み退職手当、通勤手当等を除く 正社員:社外への出向者を除く パート・有期社員:契約社員、アルバイト、パート、嘱託が該当し、派遣社員を除く |
厚生労働省が推奨する追加情報の公表
公表される情報は、あくまで男女の賃金の平均値を用いて計算された数値であり、その数値の大小のみもって求職者が個々の企業の状況を的確に判断することは難しいと思われます。
そこで厚生労働省が推奨する追加情報が表1に例示しております。
自社における男女の賃金の差異背景事情の説明 |
女性の新卒採用を強化した結果、前年と比べて賃金水準が低い女性労働者が増加し、男女間の賃金差異が前年度よりも拡大した など |
勤続年数や役職などの属性を揃えた公表 |
勤続年数や役職が同じ男女の賃金差異を公表 など |
詳細な雇用管理区分において算出した数値を公表 |
勤務限定正社員、勤務地限定正社員、短時間正社員などの区分における男女の賃金差異を公表 など |
他の方法で算出した数値を公表 |
契約年数や労働時間が短いパート・有期社員が多い企業において、男女の賃金を時給換算して公表 など |
時系列で男女の賃金差異を公表し、複数年度にわたる変化を示す |
公表は事業年度開始後おおむね3ヵ月以内
公表は自社のホームページ等のほか、厚生労働省が運営する「女性活躍推進企業データベース」などが想定されます。
公表時期は、企業の事業年度開始後、おおむね3ヵ月以内とされています。したがって、初回の公表は改正省令の施行日(令和4年7月8日)以後に終了する事業年度の実績について、新たな事業年度の開始からおおむね3ヵ月以内に公表することとなります。
まとめ
企業は市場の変化に合わせて自らも変わらなければ生き残っていくことはできません。その変化のスピードも現在は飛躍的に早くなっていますので、日々変化しなければなりまっせん。
では、企業が変わるためにはどのようなことをすればよいのでしょうか。答えは、違う意見を吸収することです。違った意見を吸収することで仕事のやり方を見直したり、従業員が気が付いていない自社の強みを発見できたりと変化するきっかけをつかめることができます。
それがダイバーシティアンドインクルージョンです。日本の会社は今まで正社員の男性中心で、しかも、長時間労働が当たり前の同質化された社会で変化しない体質でした。男性だけの考え方ではなく女性や外国人などの違った考えを吸収して行くためにも、まずは女性の管理職を増やすことは必要です。今回の女性活躍推進法の省令及び告知を改正を機に自ら所属している企業を見つめ直してみてはいかがですか。